本州最東端のヨギー達

本州最東端の地元宮古市で活動するヨギー・ヨギーニの話。

親の影響

先日2歳の娘がウサギのぬいぐるみに向かって


「大好きよ。私の大事大事。宝物」


と、私が娘に向かってよく言う言葉を一言一句違えずに話しているのを見かけました。


それを見て何を思ったかって「あぁ、笑って生きよう」って思いましたよね。


娘というものがここまで母を踏襲していくのなら、私が「人生って素晴らしい」って思いながら生きていけば、きっとそのスタンスは娘に伝播する、はず。

娘の人生を充実したものに、楽しさに溢れたものにしたければ私自身が充実した人生を送っていた方がいい。


変な自己犠牲精神を発揮して疲れ果てて笑顔を失くした母になるくらいなら、多少ご飯が手抜きでも、家の中が散らかっていても家族揃って笑っている時間が1分でも多い方がいい。


世のお母さん達、笑って過ごそう。

うまく笑えないと思ったら、とりあえずヨガしよう。


私も日々2歳とギャーギャーやっててまだまだだなぁと思う事ばっかりなんですが😂

名言の話

少し前、今さらながら1人でちまちまと見ていた海外ドラマ『エレメンタリー』がAmazon primeから外れて未だにそのロスを引きずっています。笑


いや…運良くだいぶ区切り良いところではあったんだけど、ホームズとワトソンが絆を深めてさらに良いコンビになって「おぉ〜✨」って思ったところでプライム配信期間終わったんだけど。

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…そんなこんなで今回はドラマの話をさせてください。

昔たまたまドラマで聞いて衝撃を受けた名言。


「醜さを愛せ」


きっとご存じの方も多いですね。

もう10年前になりますがリーガルハイの最終回、古美門先生の名言。


当時別にしっかり毎週見ていた訳でもなく、本当に偶然最終回を見てこの一言に衝撃と感動。

それ以来時折思い出しては心が震えるくらいに好きな言葉。

10年経った今でも、です。

(なら2も含めて全話見ろ、というツッコミはご容赦ください😂笑)


人の根底には善があるのか、悪があるのか。


善だと信じ切って生きるのもすごく難しいけど、「悪であっても愛す」ってゆうスタンスで生きるのはもっと難しいと思うんですよ。


そして「善だから、美しいから愛す」より「悪でも愛す」の方が愛としては深いし大きいと思うんですよ。


すごいよね古美門先生。

あんなに破天荒で、でも人間ってゆうものの骨の髄まで見てきたかのような、エグい程の理解があるからこそ出来る言動の数々。


悪でも汚さでも狡さでもひっくるめて受け止められる、そんな度量の大きな人間になりたいものです🙏


逸脱を恐れない。

子どもを持つ親になって改めて思うけど、日本って本当に“良い子”である事が大切なんだなー。


学校のルールを守って、親や先生が安心する一般的な進路を志して…

でも社会に出てから「あれ?私って何だっけ?」って、1人の人格として社会と渡り合おうってゆう段になって自分迷子になる人は多い。


そして大人になると今さらのように「自分で考えて」とか「君の意思は無いのか」とか言われるんですよね。

え、それを20年近く押し殺すように教育してきたのに?

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でもそうゆう迷子さん達が必死になって探してる“自分らしさ”とか“個性”って、ある意味自分の中の“『普通』から逸脱している箇所”の事。


どんな部分がどの程度はみ出しているか、それが1人ひとり違うグラデーションになってその人だけの個性になる訳で。


“『普通』に自分を押し込める事”

それに囚われたまま自分らしさなんて見えてきやしない。

(逆に普通からあえてはみ出ようとする必要もないし、そもそも『普通』って何ぞや)


私含め、人間には誰でも普通であろうと思っても普通からはみ出ちゃう部分が何かしらあるものです。


『普通』から逸脱する事を恐れずに、自分の性質と向き合う事。

自分らしく生きるスタート地点はここじゃないでしょうか。


…それにしても私が出来る所謂“映えポーズ”はことごとく顔が写らない😂笑


ヨガが好きかと聞かれたら。

こうゆう仕事をしていると「好きな事を仕事に出来てていいね✨」と言われたりします。


そんな時の私の本音は「???」です。笑


そもそも私がインストラクターになろうと思ったきっかけは「ヨガを続けるため」。


なんだ、やっぱり好きなんじゃん?と思った方、違います。笑


私は元来怠け者で運動嫌い。

ヨガは運動ではないけれど、とりあえず身体を動かす要素がある事が嫌い。

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でも心身共にボロボロだった時にヨガに出会って「あ、これ続けた方がいいやつだ」と思ったので、続けるために、自分自身にヨガを続けるための足枷をつけるために仕事にしました。


そして私、根本的に「好きな事を仕事にするか否か問題」に関してはもう真っ向からの否定派。

好きな事はのんびり自分のペースで、楽しさ100%で取り組める趣味にとどめたい、という人間です。


仮に好きな事を仕事にしたって、業務には嫌いな内容・苦手な内容も必ず入ってきます。

(私達のメイン業務がヨガのレッスンだと思ったら大間違い。レッスンは全業務の10%くらいにしか当たりません)


それに、きっとやりたくない日だってあるでしょう。

いくら大好物だって365日3食そのメニューじゃ嫌なのと同じ。


それに、そもそも感情なんてゆうブレる物に頼って仕事をするな、というのが私の職業観です。

誠意と熱意を持って取り組みはするけれど、個人的な好き嫌いに振り回されてはいけない。

(ヨガ哲学で言うところのラーガ・ドヴェーシャから離れてカルマヨガの姿勢で取り組めってヤツですね☝️)


じゃあヨガの事をどう思っているかと聞かれたら、1番近い言葉は“畏敬”じゃないかと思っています。


「ヨガ以外に同じ効果を、もっと楽に得られる方法を見つけたらすぐにやめてやる」と豪語して、とにかく疑いの目で石橋を叩き割るつもりで叩いた(今にして思えば本当罰当たりな発想😂)私をもってしても、とにかくヨガはすごい✨


ヨガの奥深さや偉大さ、非の打ち所の無さに観念して、私はヨガの下僕になって今に至ったという感じです。


今となってはもう枷がなくてもヨガから離れる気はないけれど、それは「好きだから」じゃなくて「服従したから」なんですよね。笑

(主人には「それを好きって言うんじゃないの?笑」って言われたりもしますけど)

現状維持は緩やかな衰退

久々の投稿です。

何してたかって❓

養成講座のテキストの追加や修正作業です。


終わったかって❓

まだ終わってません。

(もうじき終わる…予定😂)


もうね、我ながら「なんでここまでこだわっちゃったんだろ…」と思う程に濃いくしてしまったんです。

でもその分すっごく有意義な内容になった✨と思っています💪

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妥協すれば去年と同じ内容でいいやって、そのまま開講する事も出来た。

でも「ここをこうしたらもっと良い講座に出来そうだ」と気づいてしまったら見て見ぬふりは出来なくて。


昨年度は昨年度の精一杯を出したんです。

そうしたらさらに良くする術が見えてきた。

もったいぶらずに力を出し切ってしまえばもれなく次のステップがやってくる✨


「現状維持は緩やかな衰退」。

ウォルト・ディズニーが残した名言(らしい。こうゆうのって言い出しっぺが誰なのか諸説ありますよねー)。


この言葉好きなんですよね。

後々楽をしようと、ちょっと手の内を温存しておきたくなる時だってある。

同じ内容でルーチン化したくなる時だってある。


でも現状維持さえ衰退にあたるなら、実質さらに上を目指していくってゆう一択しかないですよね💡

人体って芸術だ✨

POYANICAの養成講座2期と沖縄での養成講座に向けて解剖学のテキストの改変を行っています。


1期のテキストを作る時も調べに調べて作ったけれど…それをさらに強化したり、より詳細な解説を加えたりしています💡

実践で使いにくいただのベース知識ではなく「どんな風にアーサナやレッスンに活かせばいいのか」を念頭において『ヨガインストラクターのための解剖学テキスト』に仕上げています。


なのでまた調べ物に追われる日々な訳ですが…

調べれば調べる程、人体について学べば学ぶ程「あぁ、人の身体って美しい✨」「奇跡の集合体だなぁ」と思います。

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スマホを触るこの指がスルスル動く事、ご飯を美味しいと感じる味覚がある事、家族と話す時に口角が上がる事…全てが奇跡で、各組織の美しい協働による産物✨


そして、こうして心から面白い‼︎と思えるものを仕事に出来ている事に感謝🙏✨

悲しい実態

先日産後半年のお客様が産後ケアヨガに参加してくれました。

2時間後、シャヴァーサナから起き上がるなり「何これ⁉️座るのが楽‼️背筋伸ばせる✨」


こちらから見ても骨盤が立ったしお腹もペタ〜ッとへこんだし変化は顕著。

一緒になって「やった〜✨」と喜んだんですが……


何が悲しいって、これが“日本の当たり前”ではないこと。


産後間もないタイミングで適切な骨盤や骨盤底筋のケアを受けられる女性はまだまだ少ないのが現実です。

(そもそも認知度低い😂)

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お母さんが自分をすり減らして育児するのが正しいですか?

産後も不調や痛みに耐えてこその母ですか?


日本は妊婦と赤ちゃんに対するケアは手厚い。

でも“母”に対しては手厳しい(というか無関心?)。

忍耐、献身、我慢、自己犠牲…そんな概念が美徳として讃えられますよね。


昭和から平成、令和に時代が移って、だいぶ価値観も変わったとは思うけど、それでもお母さん達の自分メンテナンスは1番最後の後回し。

忙しい日常で「いつか出来たらいいな」は絶対来ない。


私も夫も親になって痛感したけど、育児って親の根性で乗り越えざるを得ない場面だらけ。

いくら保育料が無料でも、医療費が免除でも、子どもが風邪ひいて自分の仕事もあって…ってなったらその保育園も休みだし、でも仕事量は変わらないし家庭内でどうにかしてるのが現状。

わが家のような業種だと業務時間も病児保育の時間外。


そんな環境で親自身のメンテナンスなんて、自分の確固たる意志で実行に移さないとホントに無理な訳ですよ。


てゆうか、根本的に自分を“母”ってゆう子どもとワンセットの捉え方じゃなくて、“産後の私”ってゆう1人の人間として見つめる機会も必要よ?